はじめに
本記事では、ソーシャルワーク実践において「価値」「知識」そして「調整活動」の3要素を共通基盤としたことで、統合化に影響を与えたバートレットの理論について解説をしていきます。
バートレットは1970年に「The Common Base of Social Work Practice」を出版し、これまで「ケースワーク」「グループワーク」「コミュニティワーク」がそれぞれ分かれていたものを「ソーシャルワーク」として統合しました。
ソーシャルワークを学ぶ人たちにとって、このバートレットは押さえておきたい重要人物の一人になります。
バートレットについて
ハリエット・バートレットは、ソーシャルワークの専門職全体を理解することを目指し、その分析と概念化の能力をもって、生涯にわたりこの目標に取り組みました。彼女の実践と執筆は医療ソーシャルワークを中心としたものでしたが、研究を通じて専門分野間の共通点を見つけ出すことを追求し、1970年に「The Common Base of Social Work Practice(社会福祉実践の共通基盤)」として結実しました。この理論的な著作は現在でも使用されています。
彼女は1918年にヴァッサー大学を卒業し、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで社会科学の資格を、シカゴ大学で社会学の修士号を取得しました。1921年から1940年までマサチューセッツ総合病院でケースワーカーやコンサルタントとして働き、その後は南カリフォルニア大学で教鞭をとり、1943年には米国児童局の医療ソーシャルワークコンサルタントを務めました。
1947年から1957年までシモンズ大学のソーシャルワーク学部で教授を務め、教育カリキュラムを発展させ、ホリス=テイラー報告の策定を主導しました。1969年にはボストン大学から名誉博士号を授与され、30年間の引退生活においても、執筆や組織での活動を通じてソーシャルワークに多大な貢献を続けました。
バートレットは「社会福祉実践の共通基盤(The Common Base of Social Work Practice)」を出版し、「価値」「知識」「調整活動(介入)」の3つを要素とするソーシャルワークの共通基盤について提唱しました。
これまでソーシャルワークが「ケースワーク」「グループワーク」「コミュニティワーク」として分かれていたものを「ソーシャルワーク」として一つにまとめることを行い、後のソーシャルワークの発展に大きな功績を与えたのです。
次は「価値」「知識」「調整活動」について少し解説を加えていきます。
価値と知識の違いについて
バートレットは全米ソーシャルワーカー協会ソーシャルワーク実践検討委員会の議長も務めておりました。
その時に、ソーシャルワーク実践の「基本的特質」と「構成要素」にについて徹底的に検証していくことが行われたようです。
最初のソーシャルワークの定義は、価値、知識、技法の要素を単に列挙したものでしたが、それでは不十分とされ、委員会は要素同士の関係性やそれぞれの特性を深く検討する必要があると結論しました。
成熟した専門職は、知識と価値の総体を基盤としており、それらから実践者の活動を導く科学的・倫理的な原則が生まれると考えられています。このため、知識と価値は技法よりも優位に位置し、知識と価値が方法を決定づける重要な要素とされています。
また、ソーシャルワークの発展過程において、知識と価値の区別が曖昧になっていることが判明し、両者の明確な説明が求められました。委員会は、価値は「善」や「望ましいもの」とされ、情緒的な判断に基づきソーシャルワークの目指す目的を示していると定義しました。
一方、知識は経験に基づく実証可能な内容であり、客観的に示されるものです。価値は何が優先されるかに関係し、知識は何が実証されるかに関係しています。たとえば、「現代社会では人々が相互依存している」という主張は、当初は価値として含まれていましたが、実証可能な事実として知識に分類されるべきとされました。
委員会は、知識と価値の役割の違いを理解し、それぞれを適切に活用する重要性を強調しました。たとえば、ソーシャルワーカーが自己決定という価値に傾倒するあまり、家族や子どもの成長に関する知識を十分に活用しないケースがあるかもしれません。逆に、機関のプログラム運営で効率性が重視された結果、地域社会のニーズに基づくソーシャルワークの価値が重要だったと判明することもあります。このように、知識と価値の違いを意識し、それぞれを適切に使う必要があるとされています。
また、命題が知識に属するか価値に属するかは、それを使用する意図や分類基準によっても異なります。科学的・経験的に証明される命題は知識とされ、立証されていない命題も役立つならばソーシャルワークの知識に含まれるべきとされています。実証できない命題は、時間とともに価値として捨て去られる可能性もありますが、教師や実践者は扱っている知識が「ハード(確実な)なもの」か「ソフト(未検証の)なもの」かを意識して区別する必要があると指摘されています。
ポイント
・知識と価値の役割の違いを理解し、実践においてはそれぞれ適切に活用
・価値は「何が優先されるか」
・知識は「何が実証されるか」
・知識と価値は技法よりも優先されるもので、方法を決定づける要素でもある
価値について
ソーシャルワークの価値は、実践に関する他の要素と混同されやすく、統一的な公式定義はまだありません(※)が、すべての人間に対する価値と尊厳の重視が最も広く支持される価値です。
「自己決定(self-determination)」や「自己充足(self-fulfillment)」「自己実現(self-realization)」などの価値がソーシャルワークで重視されるようになり、各人が自らの成長の可能性を最大限に実現することが善とされます。また、他者が自らを実現することを支援する責任も重要とされており、個人の多様性の権利も今日の同調圧力の中で特に意義を持っています。
「潜在的可能性(potential)」という概念が注目され、自己決定だけでなく、個人が社会的相互作用を通じて成長し、文化的進化の一部として成長を自らコントロールする責任があるとされています。
個人の成長は、社会環境の影響も含めた広い視点で考慮され、ソーシャルワークにおいて成長の価値は将来志向であり、単に過去の原因を分析するだけではなく、個人が問題解決を通して成長する機会を確保することが目標です。
ソーシャルワーカーは個人の成長に影響を与える社会的条件に関心を寄せており、個人の成長を阻害する障害を取り除き、成長の機会を提供する社会の責任が強調されます。民主主義社会においては、個人の成長が集団やコミュニティと連携して促進されるべきであり、個人と社会の福祉のバランスを見出す調和が求められます。
ソーシャルワークの価値体系は、個人の自由や福祉のための倫理的原則と概念を核に持ち、文化的価値体系から区別されるべきです。また、究極的な価値(例:人間の潜在的可能性の実現)と手段的な価値(例:秘密保持)が相互に関連付けられる体系的な価値体系の構築が進められています。
(※)現代はソーシャルワーク専門職のグローバル定義が国際的な定義として定められております。
ポイント
・すべての人間に対する価値や尊厳が重視されるのがソーシャルワークの価値
・自己決定や自己充足、自己実現など「成長の可能性」や「潜在的可能性」が重視される
・ソーシャルワークにおける成長の価値は「将来志向」であり、個人が問題解決を通じて成長する機会や集団やコミュニティと連携して促進されることが求められる
・価値体系には「究極的価値」と「手段的価値」が存在する
知識について
バートレットは、ソーシャルワークにおける知識と実践の関係性、およびその知識がどのように体系化されるべきかについて述べております。
ソーシャルワーク(社会福祉)の知識構築には、多くの課題と展望が存在します。ソーシャルワークはその根本にある知識体系の構築において、他の専門職と比べて速度が遅いとされ、知識が断片的であることが問題視されています。この断片化は、ソーシャルワーカーが多様な実践領域にわたる概念や理論を寄せ集めて利用することから生じているのです。しかし、ソーシャルワークの知識基盤を統合する試みが行われる中、専門分野固有の価値と役割を見直す動きが加速しています。
まず、ソーシャルワーカーの実践知識(実践の知恵)は現場経験から生まれるもので、体系化や文書化されていないため、共有が難しいとされています。この実践知識はケースワークやグループワーク、コミュニティオーガニゼーションなどの特定の方法を通して伝えられていますが、社会福祉全体で活用されるには至っていません。
また、1950年代以降、ソーシャルワーカーは他の社会科学から知識を借りることで独自の理論体系の確立を目指してきました。しかし、その過程で精神分析や役割理論などの外部の理論に依存し、ソーシャルワークの焦点が他の分野にシフトするリスクがあると指摘されています。現在は、ソーシャルワークに特有な視点と手法を組み合わせることで、人間の行動や成長を総合的に理解する努力が進んでいます。
さらに、ソーシャルワークの知識の根底には「共感すること」や「実行すること」が重視されていますが、それが知識として体系化されることは少なく、広く一般化されていないのが現状です。知識の共有や承認が進まないと、社会福祉の専門性を深める機会が失われるリスクもあります。
このように、ソーシャルワークがもつ知識体系は多様な要素を含みつつも統合が進んでいない課題がありますが、今後の発展に向けて現場の経験や実践知識を文書化し、共有することが求められています。
ポイント
・ソーシャルワーカーは多様な領域における概念や理論を寄せ集めるため、知識体系の構築は他の専門職より遅くなる
・外部の理論に依存し、ソーシャルワークの焦点が他の分野にシフトするリスクがある
・知識体系や多様な要素を含みつつも統合化が進んでいない課題があり、専門分野固有の価値と役割が見直されている
調整活動(介入)
ソーシャル・ワークの方法についての考え方は、長い間、価値と知識、そして技術の3つが不可分に結びついているとされてきました。しかし、この3つのうち特に「方法」の概念が議論を呼び、困難な要素であると認識されています。ソーシャル・ワークの方法論は、多様なアプローチに密接に絡み合い、単なる技法にとどまらず、価値や知識も内包した概念とされてきました。これにより、従来のように方法を体系化して一つの手順として定義することが難しくなっています。
委員会は、ソーシャル・ワークの活動を記述するための新たな用語「調整活動(professional intervention)」を導入しました。これは、ソーシャル・ワーカーが社会システムやプロセスの一部に働きかけ、変革を意図して行う行動を指します。従来の方法と異なり、調整活動は個々のソーシャル・ワーカーが実践の場で行う多様な活動を包括的に捉え、実践における知識や価値の優先性に基づいて行われるものです。この「調整活動」という言葉には、特定の技法だけに頼るのではなく、ソーシャル・ワークの理念を意識的に適用しながら、柔軟に行動するという意味合いが込められています。
1950年代から1960年代にかけて、ソーシャル・ワークの実践が単一の方法に依存するのではなく、状況に応じて多様な技法を組み合わせる必要があると認識されるようになりました。従来、ソーシャル・ワーカーは「ケースワーカー」や「グループ・ワーカー」として特定の領域に従事していましたが、実践の幅が広がり、単一の方法にとどまらない取り組みが求められるようになりました。たとえば、ケースワーカーが小集団と関わったり、グループ・ワーカーが個人と取り組むなど、従来の枠を越えた実践が行われるようになっています。さらに、コンサルテーションや社会計画といった新たなアプローチが登場したことで、従来の3つの方法では対応しきれない範囲の実践が生まれてきました。
「調整活動レパートリー」という概念も導入され、ソーシャル・ワークが実践で用いる多様な方法や技法のすべてを包括的に示しています。このレパートリーには、従来のソーシャル・ワーク文献や教育カリキュラムでは扱われていなかった方法も含まれており、ソーシャル・ワーカーがその場面に応じて選択し、柔軟に用いることが求められています。従来は意識されていなかった活動や技法も、今後の社会変革において重要な役割を果たす可能性があると考えられています。これにより、調整活動の方策がソーシャル・ワーク全体にわたる視点を提供し、新たなニーズに応じた方法の開発が進むことが期待されています。
また、調整活動には直接的なサービスだけでなく、間接的なサービス、つまりクライエント以外への働きかけも含まれます。従来はケースワークやコミュニティ・オーガナイズといった役割分担が強調されていましたが、現代のソーシャル・ワークでは、より統合的で柔軟な活動が求められるようになってきました。さらに、実務経験に基づく職員の活動が機関やプログラムの手続きや方針に影響を与えることも認識されており、ソーシャル・ワーカーが実施する相談活動(コンサルテーション)もまた、重要な役割を果たしているとされています。
このような調整活動レパートリーの概念のもと、ソーシャル・ワーカーは技術を学ぶだけでなく、社会に対して変革をもたらすための包括的な方法論を学び、それを柔軟に活用していく必要があります。これは、技能の習得以上に、実践者が調整活動の方策すべてを理解し、適切に適用する能力を養うことを意味します。この新たなアプローチにより、ソーシャル・ワーク実践が全体として成長し、社会への影響力を強化していくことが期待されています。
ポイント
・ソーシャルワーカーが社会システムやプロセスの一部に働きかけ変革を意図して行う「調整活動」が新たに導入される
・実践領域における単一の方法にとどまらない取り組みが求められるようになる(ケースワーカーやグループワーカーのような特定領域ではなく)
・調整活動は間接的なサービス(クライエント以外の働きかけや、機関やプログラムの手続きや方針に影響を与えること、コンサルテーションなど)も含まれる
このように、バートレットは「価値」「知識」そして「調整活動」という新たな概念を導入し、共通基盤(Common Base)を軸としたソーシャルワーク実践の在り方について提唱しました。
社会福祉士国家試験
バートレットが出題される国家試験問題について取り上げていきます。
第32回問93
ソーシャルワーク実践理論を発展させて人物に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。
1ベーム(Booehm,W.)は、人間と環境の交互作用を基本視点とした生態学的アプローチを展開した。
2ジャーメイン(Germain,C.)は、ソーシャルワークを本質的な観点から検討し、ソーシャルワークの活動を三つの機能に分類して定義化を試みた。
3シュワルツ(Schwartz,W.)は、個人と社会の関係は強制的な相互依存関係であるとし、ソーシャルワーカーの媒介機能を重視する相互作用モデルを展開した。
4ゴールドシュタイン(Goldstein,H.)は、価値の体系、知識の体系、および多様な介入方法の3要素に基づくソーシャルワーク実践の共通基盤を提唱した。
5バートレット(Bartlett,H.)は、システム理論を指向した一次元的アプローチを展開し、後に認知的ー人間的尊重アプローチを展開した。
こちらの問題は消去法を使って解く問題で正解は3になります。
1は内容が、選択肢2のジャーメインになっております。
2は内容が、選択肢1のベーム担っております。
4は内容が、選択肢5のバートレットになっております。
5は内容が、選択肢4のゴールドシュタインになっております。
よって基本的な知識として、ジャーメインとバートレットの知識があれば消去でき、残った3が正解になります。
第23回問88
ソーシャルワークの価値に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。
1バートレット(Bartlett,H.)は、調整活動のレパートリーに応じて価値や知識が異なることから、方法が価値や知識より優位にあると述べている。
2ブトゥリム(Butrym,Z.)は、ソーシャルワーク固有の価値前提として、「人間尊重」「人間の社会性」「教育の可能性」を挙げている。
3コーズ(Kohs,S.)は、価値の根源を求めていく中で、ソーシャルワークの基本的な諸価値は単一の哲学から導きだされたものであると結論づけている。
4レヴィ(Levy,C)は、倫理を人間関係及びその交互作用に価値が適用されたものと規定し、人間関係における行動に直接影響を及ぼす点に特色があると述べている。
5ベーム(Boehm,W.)は、ソーシャルワークが社会的責任を負うことから、ソーシャルワークの価値はその社会における支配的な価値に一致すると述べている。
1バートレットは「価値」や「知識」が方法よりも優位にあると述べております。よって選択肢は間違えとなります。
2ブトゥリムは「人間尊重」「人間の社会性」「変化の可能性」を挙げております。教育ではないので間違え選択肢となります。
3コーズは単一の哲学から導きされたもの「ではない」と述べております。
※コーズがわからなくてもソーシャルワークは単一のものではない(ケースワーク、グループワーク、コミュニティワークがそれぞれ発展しやがて統合される)ことがわかっていれば間違い選択肢として消去できます。
4こちらは正解選択肢となります。
5はベームがわからなくても、ソーシャルワークは支配的な価値とは決して一致しないので、間違い選択肢として消去できます。
まとめ
ソーシャルワークは、「ケースワーク」、「グループワーク」、「コミュニティワーク」がそれぞれ発展し、やがて統合される歴史があります。そのソーシャルワークの転機として、影響を与えたのがバートレットの「ソーシャルワーク実践の共通基盤」の理論や概念になります。
現代の日本においては、制度や分野ごとに領域が分けられるといった「縦割り」という課題があります。
それらの課題に対するためには「共通基盤(Common Base)」をもった実践者の存在がこれからますます重要となっていくことに違いないでしょう。
参考文献:社会福祉実践の共通基盤 著者ハリエット・M・バートレット 訳者 小松源助 出版社ミネルヴァ書房 国立国会図書館デジタルコレクションより