はじめに
本記事では、オットー・ランクの影響を受けJ.タフトやV.ロビンソンらが体系化した機能主義アプローチについて要点やキーワードをまとめていきます。
まず振り返りとして、機能主義アプローチが登場する以前は診断主義アプローチが主流となっておりました。
診断主義アプローチは「フロイト派」とも呼ばれ、フロイトの精神分析理論に影響を受けた理論になります。
以下、診断主義アプローチについて記事のご紹介になります。まだご覧になっていない方は、先に閲覧していただけると本記事の理解がより深まります。
診断主義アプローチについて要点キーワードまとめ|ソーシャルワークの理論を辿る - SOCIAL CONNECTION (socialconnection-wellbeing.com)
機能主義的源泉
~略
しかしながら、これらの理論アプローチの提唱者のなかに、こういった普及した技術の支えとなっている機能主義的源泉を認識しているものはほとんどいない。
ソーシャルワークトリートメント 相互連結理論アプローチ フランシス・J・ターナー編著 米本秀仁監訳 中央法規 P527引用
診断主義アプローチと機能主義アプローチは、その後長らく対立する時期があり、やがて折衷論が芽生え統合されていきます。
今は多岐に渡る理論が存在しますが、機能主義アプローチはあまり認識されていないとされております。
上記引用文が表すように、実は機能主義は今普及されている技術を支える源泉にもなっているとのことです。
機能主義アプローチは「意志」や「現在」を重視し、「機関の機能」をクライエントに提示することからはじまります。
福祉に関わる様々な機関に所属する人たちにとっても有意義な内容となっておりますので、どうぞご覧ください。
オットー・ランク
オットー・ランクは、1884年にウィーンで生まれ育ちました。親がアルコール中毒で宝石商を営み、経済的にも家庭環境的にも恵まれていなかったとのことです。ランクという名前は最初はペンネームとして使われ、やがて正式な名前となります。
ランクは貿易学校に通いながら、機械工場で長時間労働を強いられた中でも、貪欲に本を読み、劇場に足を運んだとあるように、向上心と独創的な研鑽を積み重ねておりました。
やがて実家のかかりつけ医であったという有名なアルフレッド・アドラーがランクをフロイトに紹介します。
※推測でありますが、親がアルコール中毒であるがゆえに、アルフレッド・アドラーと出逢い、また精神分析の領域に足を踏み入れたのかもしれません。
ランクは1907年にフロイトの援助のもと、「芸術家」を刊行、フロイトから経済的援助を受けながらウィーン大学の哲学博士号を修得します。
医学系ではなく、哲学の分野に学んだこともフロイトがランクの才能を見抜き、医学系ではない学校へ行くように奨励したそうです。
その後もフロイトの下で研究や活動を行い、次第に独自の理論を構築していくのですが、1924年に「出生外傷」を出版したことから理論的な食い違いが起き、親子のような関係であったフロイトとの決裂につながったとされております。
※ただ興味深いことに、Wikipedeaのページに最初はフロイトは「精神分析の発見以来もっとも重要な進歩だ」と称賛を述べたとあります。このあたりはもしかしたら何かもっと深いドラマが含まれているのかもしれなせん。(あくまで筆者の想像)
その後ランクはパリを離れ、アメリカへと渡ります。
ペルシルベニア大学にて、J.タフトやV.ロビンソンらがランクと出逢い、機能主義アプローチを発展させていきます。
J.タフトはランクの本を翻訳し、V.ロビンソンは「ソーシャルケースワークにおける心理学の変容(1930年)」を出版します。
またその後1960年代にペンシルベニア大学のソーシャルワーク学部長であったルース・エリザベス・スモーリーが機能主義派を継承していきます。
機能主義は心理学のみならず、哲学や教育、科学や芸術、文学といった多様な分野で幅広く研究されていきます。
来談者中心療法で有名なカール・ロジャーズも機能主義の影響を受けたとあるように、診断主義派が主流だった時代に、新たな機能主義派が登場することによって、その後の理論発展が展開されていったのです。
意志と対抗意志
意志(will)
ランクの意志の概念は実際的なものであり、”所与の目的に対する衝動(drive)と意図(intention)およびパーソナリティの動員”と述べられるのがつねである。
ケースワークとカウンセリング H.H.アプテカー著 誠信書房 P31 国立国会図書館デジタルコレクションより
ランクの理論は、意思心理学や意思療法とも言われているように「意志(Will)」の概念が重要になります。
またランク以前にも哲学者のカントが「意志」という言葉を創造的な総合性を意味すると考え用いております。
ランクも、クライエントは分析者の知識や技能をただ受動的に受けるとるだけではないという考えから、クライエントの心の中で絶えず起こっている総合の過程を重要視します。
またこれはクライエントのみならず、すべての人間についても共通であるに違いないと考え、人類学にも関心を向けます。
対抗意志(counter-will)
人は意志すると同時に、その意志したものを否定する。というのも意志することには大きなやましさ(guilt)が伴うからである。
ケースワークとカウンセリング H.H.アプテカー著 誠信書房 P31 国立国会図書館デジタルコレクションより
ランクは「出生外傷」でもあるように、胎児は母親のお腹の中では安心安全の環境にあるが、出産と同時に外の世界に飛び出すことが、新生児にとって分離不安のトラウマとなり、精神疾患の遠因であるという考えを醸し出しました。
しかし、それゆえ人間は誰しも分離不安を乗り越え、自分の人生を意志の力で創造していく力を持っているとも考えております。
意志に関しても「分離」という概念が取り入れられております。意志することで、人は自分を他から分離するとのことです。
また意志というものはただ一つでありながらも、「肯定的な面」と「否定的な面」の両面があり、後者を「対抗意志」と呼びました。
意志するということは一方で、他人の意志に対抗意志をもつことが発生源にもなるとのことです。(例:大人の意志を受け入れまいと子どもが拒否をする)
このように、意志するということは同時に対抗意志(否定)の側面も持ち合わせていると考えました。
現在
現在
ランクの哲学のなかでいまひとつ見おとしてならないことは、かれが過去の経験ではなく、”現在の”経験を強調している点である。
ケースワークとカウンセリング H.H.アプテカー著 誠信書房 P32 国立国会図書館デジタルコレクションより
ランクは、過去を現在と切り離すことはできないと考えていた一方で、クライエントの過去をただ調査をするだけなら意味を為さないと主張しておりました。
過去はそのまま切り出して写し出すことはできないが、現在は今それを体験することができるという考えのもと、自分の意思を理解することを重要視します。
意志が理解されると、その人は意志を肯定的かつ創造的に自由に生かして進むことができるというのです。
分離
ランクは時間制限を行ったことでも有名です。クライエントへ治療を継続するのか、終結するのかという葛藤を与え、具体化するのを助けることを行います。
そこには「たとえ他に選択肢がない場合においても、クライエントが自ら意識的に選択することが重要」といった考えがあります。
ランクは終結をとりわけ大切にし、クライエントが個々の人間であるために、最終段階として治療者と分離をする点を特に強調しました。
治療者と分離するにあたって、クライエントがやましさ(guilt)を負うことがないように、建設的なものに育てていくこと、そのために自分自身のことについて十分語ることができるようにすることが、治療者の仕事であることを述べております。
創造力
創造的な能力を発揮実現しようとすると、自ら集団と分離しなければならないことも多く、自らを他と分離することは悪であるとみなされることも現実世界では多く存在します。
ランクは創造力は「すべての人にとって生まれながらの権利」とされ、認め伸ばすことが治療者の責任でもあるとしました。
このように創造力表現を行うためにも、意志の力が働かなければならず、それは内的・外的な要因によって妨げられることについても述べております。
機能主義のアプローチ
診断主義のアプローチでは、クライエントの生活歴を知るなど、原因を探るために情報をできるだけ集めることを最初に行います。
しかし機能主義のアプローチではそのようなことは重視せず、まずはじめに「クライエントが本当に援助を求めているのか」、「援助を得るために所属する機関を利用しようとする気持ちがあるのか」など確認していきます。
そのため機能主義のアプローチではクライエントに「機関でできることと、できないことを知らせる」ことを行います。
機能主義の根底にあるのは困難の原因ではなく、現在という時間軸から「自分(機関)が、その困難の役にたつことができるかどうか」ということをクライエントと一緒に確認することを大切にします。
まとめ
キーワード
オットー・ランクの意志心理学に基づく
過去ではなく現在を重視する
J.タフトや、V.ロビンソン、R.E.スモーリーらが機能主義アプローチを展開する
哲学や教育、芸術や文化などあらゆる学問を参考にする
このように診断主義アプローチと機能主義アプローチは、長らく対立する時代がありましたが、それが現在の多岐に渡るアプローチの土台を築き上げたことは間違いありません。
「歴史は近いところからではなく、根源から辿る」ことを大切にし、今後も理論史についても触れていきます。
引き続きどうぞよろしくお願いします。
診断主義アプローチについて要点キーワードまとめ|ソーシャルワークの理論を辿る - SOCIAL CONNECTION (socialconnection-wellbeing.com)
☆参考文献
ソーシャルワークトリートメント 相互連結理論アプローチ フランシス・J・ターナー編著 米本秀仁監訳 中央法規
ケースワークとカウンセリング H.H.アプテカー著 誠信書房 国立国会図書館デジタルコレクションより