社会福祉の歴史

ノーマライゼーションの沿革と歴史【バンクミケルセン・ニィリエ・ヴォルフェンスベルガー】

はじめに

ノーマライゼーションは、障害のある方や高齢者などが、社会の一員として普通の生活を送ることを目指す考え方になります。

従来、障害者は特別な施設で生活することが一般的でしたが、地域社会の中で自立した生活を営むことが重要視されるようになりました。この理念は福祉制度の枠を超え、教育や雇用、公共サービスなど幅広い分野に影響を与えています。本記事では、ノーマライゼーションの概念や歴史、各国での展開、日本における取り組み、そして今後の展望について詳しく解説します。


ノーマライゼーションの概要について

ノーマライゼーションとは、障害のある方や高齢者を含むすべての人が、社会の一員として普通の生活を送ることを目指す理念です。この考え方は、特定の人を支援の対象として隔離するのではなく、社会全体が環境を整備し、すべての人が平等に生活できるようにすることを目的としています。

この概念は、1950年代にデンマークのニルス・エリク・バンク=ミケルセンによって提唱され、その後、スウェーデンのベンクト・ニィリエが体系化しました。ニィリエは、ノーマライゼーションを「障害のある人も社会の中でできる限り通常の生活を送るべきである」という原則として定義し、その考え方をさらに発展させました。

アメリカでは、ヴォルフェンスベルガーがノーマライゼーションの理念を発展させ、「ソーシャルロールバロリゼーション(Social Role Valorization: SRV)」を提唱しました。彼は、障害のある人が社会の中で肯定的な役割を担うことが、生活の質を向上させる重要な要素であると指摘し、障害者支援の新たなアプローチを生み出しました。SRVは、単なる環境改善にとどまらず、社会の価値観や制度のあり方を変えることを目指しており、現在の福祉政策にも大きな影響を与えています。

ノーマライゼーションの理念は、単に物理的なバリアをなくすことにとどまらず、教育、雇用、福祉政策など社会全体の仕組みを変えていくことを目指しています。この考え方は、障害のある方が特別な配慮を受けることなく、自然な形で社会の中に溶け込めるようにすることを重要視しており、インクルーシブ社会の実現にも深く関わっています。

ノーマライゼーションの概念は、国際的な福祉政策にも取り入れられ、1981年の「国際障害者年」や2006年の「障害者権利条約」など、多くの国際的な取り組みに影響を与えています。また、日本でも1993年に制定された「障害者基本法」や2005年の「障害者自立支援法」などにその理念が反映されてきました。

ノーマライゼーション障害者や高齢者を含むすべての人が、社会の一員として普通の生活を目指す理念
バンク=ミケルセン(デンマーク)ノーマライゼーションの提唱者。施設において知的障害のある人が非人間的な扱いを受けていることによる親たちの運動から始まり、1959年デンマークで知的障害者福祉法が制定される。
ニィリエ(スウェーデン)ノーマライゼーションの8原則を提唱し、世界中に広める。
ヴィルフェンスベルガー(アメリカ)ソーシャルロールバロリエーションを提唱し、独自の理論を加えてノーマライゼーションを体系化する
国際障害者年(1981年)「完全参加と平等」をテーマ。ノーマライゼーションが世界的に広がる契機となる。

バンク=ミケルセン

ノーマライゼーションの概念を生み出した人物として知られるのが、デンマークの行政官 ニルス・エリク・バンク=ミケルセン(Niels Erik Bank-Mikkelsen, 1919-1990) になります。彼は、ノーマライゼーションの理念と知的障害者を社会の一員として受け入れるための政策を推進し、障害者福祉の転換点を築いた人物として世界的に有名な人物です。


デンマーク福祉制度改革への貢献

バンクミケルセンがノーマライゼーションの概念を提唱するに至った背景には、当時のデンマークにおける知的障害者の生活環境がありました。1950年代のデンマークでは、知的障害のある方々が大規模な施設に収容され、社会から隔離されることが一般的でした。こうした施設では、障害者の人権が十分に守られず、非人道的な扱いを受けることも少なくありませんでした。

バンクミケルセンは、知的障害者も健常者と同じ権利を持ち、社会の中で生活する権利があると考えました。彼は、「障害があることを理由に社会から排除されるべきではない」という信念のもと、福祉政策の改革に取り組みました。その結果、1959年にデンマークで 「知的障害者福祉法」 が成立しました。この法律は、障害者が施設に隔離されるのではなく、地域の中で生活し、社会に参加できる環境を整備することを目的としていました。

ノーマライゼーションの概念の確立

バンクミケルセンは、障害者を単なる支援の対象としてではなく、社会の一員として扱うことの重要性を説きました。この考え方は、後に 「ノーマライゼーション」 として知られるようになり、世界中の福祉政策に影響を与えました。ノーマライゼーションの基本的な考え方は、「障害者も社会の中でできる限り通常の生活を送るべきである」というものです。

彼の取り組みは、北欧諸国だけでなく、世界各国に広まりました。特に、スウェーデンの ベンクト・ニィリエ がノーマライゼーションの概念を発展させ、体系化したことで、障害者福祉の国際的な指針として確立されました。


バンク=ミケルセンの影響と遺産

バンクミケルセンの提唱したノーマライゼーションの理念は、その後の障害者福祉政策に大きな影響を与えました。彼の考え方を受け継ぎ、多くの国で 「脱施設化」 が進められ、地域社会の中で障害者が生活できる環境が整備されるようになります。

また、1981年の 国際障害者年 をきっかけに、ノーマライゼーションの理念は国際的に広まり、各国で障害者の権利を守る法律が整備されるようになりました。


当時の社会的背景(デンマーク)知的障害のある人が施設収容という形で社会から隔離され、非人道的な扱いを受けていることがあり、保護者らを中心とした社会運動が展開された。
知的障害者福祉法の成立行政官であったバンク=ミケルセンは「障害があることを理由に社会から排除されるべきではない」という信念のもと、福祉改革に取り組み、1959年に「知的障害者福祉法」を成立させる。
バンク=ミケルセンの生い立ちナチスへのレジスタンス活動を行っており、収容所に入れられる経験があった。終戦後、行政で知的障害者福祉施設の担当になるのですが、その光景に「ナチスと似ている」と感じることもあったそうです。

ニィリエについて

ノーマライゼーションの理念をさらに発展させ、体系的な理論として確立したのが、スウェーデンのベンクト・ニィリエ(Bengt Nirje, 1924-2006) です。彼は、障害のある方が健常者と同じように普通の生活を送る権利を持つことを明確に示し、その具体的な指針を「ノーマライゼーションの8原則」として整理しました。この考え方は、現在の障害者福祉政策の基盤となり、世界中の社会福祉制度に大きな影響を与えています。

ノーマライゼーションの8原則

ノーマライゼーションの理念を具体化するために、ベンクト・ニィリエ は1969年に「ノーマライゼーションの8原則」を提唱しました。これは、障害のある方が社会の中で「普通の生活」を送るために必要な条件を示したもので、現在の福祉政策の基盤となっています。

ノーマライゼーションの8原則スウェーデンのニィリエが提唱し、ノーマライゼーションを体系化する。
①1日のノーマルなリズム障害のある人も健常者と同じように1日の生活リズムを持つべきである。
②1週間のノーマルなリズム社会の一般的な週間スケジュールに合わせた生活を送ることが重要である。
③1年間のノーマルなリズム季節の変化や年間の行事を経験できる環境が必要である。
④ライフサイクルにおけるノーマルな発達的経験障害のある方も、人生の各段階にふさわしい経験を積むことが重要である。
⑤ノーマルな個人の尊厳と自己決定権障害のある方も、自分の意思で物事を決める権利を持つべきである。
⑥その文化におけるノーマルな性的関係障害のある方も、恋愛や結婚などの関係を築く権利を持つべきである。
⑦その社会におけるノーマルな経済水準とそれを得る権利障害のある方も、経済的に自立し、安定した生活を送る権利を持つべきである。
⑧その地域におけるノーマルな環境形態と水準障害のある方も、特別な施設ではなく、地域社会の中で生活できる環境を持つべきである。

ニィリエのノーマライゼーション理論は、1970年代以降、北欧を超えて世界中に広がり、多くの福祉政策に影響を与えました。彼の理論をもとに、障害者の地域生活への移行(脱施設化)が各国で推進されるようになり、障害者が自立して生活できる社会環境の整備が進められていきます。


ヴォルフェンスベルガーについて

ノーマライゼーションの理念をアメリカで発展させた人物として知られるのが、ウォルフ・ヴォルフェンスベルガー(Wolf Wolfensberger, 1934-2011) です。彼は、障害のある方が社会の中で肯定的な役割を担うことの重要性を強調し、「社会的役割の価値化(Social Role Valorization: SRV)」という新たな概念を提唱しました。これは、単なる生活環境の改善ではなく、社会の価値観や制度のあり方を根本から変革することを目指したものであり、ノーマライゼーションの発展において大きな影響を与えました。

ソーシャルロールバロリゼーション(SRV)とは

SRVの基本的な考え方は、障害のある方が社会の中で肯定的な役割を持つことで、より良い生活を実現できるというものです。ヴォルフェンスベルガーは、障害者が社会の中で受ける評価が、その人の生活の質を大きく左右すると考えました。社会の中で価値のある役割を持つことができれば、障害のある方々はより良い生活環境を得られ、自己肯定感や社会参加の機会が増えるというのです。

この考え方に基づき、彼は以下のような要点を提唱しました。

・障害者を「ケアの対象」として扱うのではなく、社会の一員としての役割 を持てるようにすること
・障害者の生活環境を向上させ、社会的に肯定的なイメージを持たれるようにすること
・教育、雇用、住環境など、あらゆる面で障害者が「普通の人」として扱われる機会を増やすこと

ヴォルフェンスベルガーのSRV理論は、障害者福祉の枠を超えて、高齢者福祉、児童福祉、ホームレス支援など、社会的弱者全般に適用できる 概念として発展していきます。彼の研究は、アメリカだけでなく、カナダ、ヨーロッパ、日本など多くの国々で受け入れられ、障害者の地域生活支援やインクルーシブ教育の推進に貢献しました。

ヴォルフェンスベルガーアメリカでノーマライゼーションの理論を発展させた人物。とりわけ社会の中で障害のある方が「支援を受ける側」ではなく、積極的な役割を持つ重要性を強調しました。
ソーシャルロールバロリゼーション(SRV)障害のある方が社会の中で肯定的な役割を持つことで、より良い生活が実現できる
・障害者を「ケアの対象」として扱うのではなく、社会の一員としての役割を持てるようにすること
・障害者の生活環境を向上させ、社会的に肯定的なイメージを持たれるようにすること
・教育、雇用、住環境など、あらゆる面で障害者が「普通の人」として扱われる機会を増やすこと

国際障害者年(1981年)について

ノーマライゼーションの理念が世界的に広まるきっかけとなったのが、1981年の「国際障害者年(International Year of Disabled Persons, IYDP)」 です。この年は、障害のある方々の権利を尊重し、社会の一員として平等に生活できる環境を整備することを目的として、国際連合(国連) によって定められました。

国際障害者年が設立された背景

1970年代以前、障害のある方々は多くの国で社会から隔離される状況にありました。大規模な施設での生活が主流であり、教育、就労、公共サービスへのアクセスも限られていました。しかし、ノーマライゼーションの理念が北欧を中心に広まり、各国で「障害者も地域社会の中で生活できるべきだ」という認識が強まる中、国際的な対応が求められるようになりました。

1975年には、国連が「障害者の権利宣言(Declaration on the Rights of Disabled Persons)」を採択し、障害者が基本的人権を享受し、差別を受けることなく社会に参加する権利があることを明文化しました。そして、これをさらに発展させる形で1981年が「国際障害者年」として定められたのです。


国際障害者年のテーマと目的

国際障害者年の公式テーマは、「完全参加と平等(Full Participation and Equality)」 でした。これは、障害のある方が特別な保護の対象として扱われるのではなく、健常者と同じ権利と機会を持つべきであるという考え方に基づいています。

この年における主要な目的として、以下の点が掲げられました。

①障害者の権利の確立:障害者の社会参加を妨げる障壁を取り除き、法制度の整備を進める。
②社会の意識改革:障害に対する誤解や偏見をなくし、インクルーシブな社会を形成する。
③バリアフリー環境の推進:教育、雇用、交通、建築などの分野で障害者が利用しやすい環境を整備する。
④国際協力の促進:障害者支援に関する国際的な協力体制を構築し、各国で政策を推進する。


この取り組みは、一部の国や地域だけではなく、世界的な課題として認識され、各国の政策に影響を与えました。


国際障害者年の影響と成果

国際障害者年を契機として、各国で障害者の権利を保障するための法律や政策が整備されるようになりました。特に、以下の動きが加速しました。

1. 「障害者に関する世界行動計画」の採択(1982年)
国際障害者年の翌年、国連は「障害者に関する世界行動計画(World Programme of Action Concerning Disabled Persons)」 を採択しました。この行動計画では、障害者の生活の質を向上させるための具体的な施策が示され、各国が政策に反映させることが求められました。

2. 国際障害者の10年(1983年~1992年)
1983年から1992年にかけての10年間は、「国際障害者の10年(United Nations Decade of Disabled Persons)」 と位置づけられ、障害者の権利向上に向けた取り組みが世界規模で進められました。この期間中、多くの国で障害者に関する法整備が進みました。

3. 各国における障害者福祉政策の発展
国際障害者年の影響を受け、多くの国で新たな福祉政策が策定されました。たとえば、アメリカでは1990年に「障害を持つアメリカ人法(ADA: Americans with Disabilities Act)」 が制定され、障害者の雇用機会の確保や公共施設のバリアフリー化が進められました。


日本における影響

日本においても、国際障害者年を契機として、障害者政策の大きな転換が図られ、とりわけ以下の法律や政策が整備されました。

  1. 1981年:「心身障害者対策基本法」の改正(後の「障害者基本法」につながる)
  2. 1993年:「障害者基本法」の制定(ノーマライゼーションの理念が明文化)
  3. 1995年:「障害者プラン~ノーマライゼーション7か年戦略」(社会参加を進めるための国家戦略、バリアフリーや就労支援等)
  4. 2005年:「障害者自立支援法」の制定(障害者の社会参加を促進)
  5. 2011年:「障害者基本法」の改定(共生社会の実現が基本的理念として追加)
  6. 2013年:「障害者総合支援法」の施行(自立支援法の問題点を改善し、サービス利用がより柔軟になる)
  7. 2016年:「障害者差別解消法」の施行(障害者への差別を禁止し、合理的配慮を義務化)

これにより、日本においても障害者が地域社会で生活しやすい環境整備が進められ、ノーマライゼーションの理念が社会に定着するきっかけとなりました。

このように、国際障害者年は、障害者が特別な支援を受ける存在ではなく、社会の一員として自立した生活を送る権利を持つことを世界に広めた重要な機会でした。この取り組みは、現在も各国で継続されており、より包括的な社会の実現を目指す動きが進んでいます。


国際障害者年(1981年)スローガン「完全参加と平等」
障害者に関する世界行動計画の採択(1982年)「行動計画」として、障害者の生活の質を向上させるための具体的な施策が示され、各国が政策に反映させることが求められた。
国際障害者の10年(1983年~1992年)障害者の権利向上に向けた取り組みが世界規模で進められ、多くの国で法整備が進む。

まとめ

このように、1950年代にデンマークで生まれたノーマライゼーションの理念は、障害のある方々も社会の一員として生活することを目指すものとしてはじまり、その後スウェーデンで体系化され、はじめ世界中に広がっていきます。

当時は「健常者」と「障害者」を区別する考え方や、「普通」という言葉が頻繁に使われていたことがありましたが、現在では障害の有無に関わらず全ての人が自分らしく生きることのできる「インクルーシブ社会」へと発展しております。

これからの時代を担う人たちにとって、改めて「福祉の原点」という視点が芽生えるきっかけになれば幸いです。

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