
子どもの素朴な疑問やユニークな物の見方に、驚かされたり、微笑ましく思ったりした経験は誰にでもあるでしょう。
こうした子ども特有の世界の捉え方は、単なる知識不足や間違いなのではなく、彼らがその時々の発達段階に応じた、独自の論理で世界を理解しようとしている証です。この子どもの「知性」の発達の謎を、見事な理論で解き明かしたのが、スイスの心理学者ジャン・ピアジェです。
この記事では、子育てや教育の現場で非常に重要な指針となるピアジェの認知発達理論について、4つの発達段階と重要なキーワードを分かりやすく解説していきます。
ピアジェとは?

ジャン・ピアジェは、20世紀の心理学と教育学の世界に革命をもたらした、スイスの著名な心理学者です。
彼の理論が登場するまで、人々は子どものことを「知識や経験が足りない、未熟な大人」と捉えがちでした。しかしピアジェは、長年にわたる子どもたちの観察を通じて、その考えを根本から覆します。
彼は、子どもの思考様式が大人とは「量的に」少ないのではなく、「質的に」全く異なる独自の構造を持っていることを発見しました。ピアジェは子どもを、身の回りの世界に積極的に働きかけ、試行錯誤しながら自分なりの法則を見つけ出していく、いわば「小さな科学者」として捉えました。
ピアジェが示した子どもを能動的な知識の構築者と見る視点は、現代の子ども理解の基礎を築いたと言えるでしょう。
ピアジェの認知発達理論と4つの発達段階

ピアジェの理論の中核をなすのが、子どもの認知、つまり「ものの考え方」が、誕生から成人期にかけて4つの主要な段階を経て発達していくという考え方です。これらの段階は、誰もが同じ順序で通過するとされ、それぞれのステージで子どもは世界を理解するための全く新しい能力を獲得します。
単純な感覚と運動から世界を学んでいた赤ちゃんが、やがて言葉を操り、論理的に物事を考え、ついには目に見えない抽象的な概念まで思考できるようになるダイナミックな知性の成長過程を、ピアジェは鮮やかに描き出しました。
ここではそれぞれの発達段階について解説していきます。
認知発達理論の特徴
ピアジェの認知発達理論が画期的であった最大の理由は、子どもの思考の発達を、単なる知識の蓄積ではなく、「質の転換」として捉えた点にあります。つまり、子どもは受動的に情報を詰め込まれる器ではなく、自ら環境に働きかけ、試行錯誤する中で、自分なりの世界の理解の仕方(認知構造)を積極的に作り変えていく存在だと考えたのです。
赤ちゃんがモノを口に入れて確かめる方法と、小学生が算数の問題を論理的に解く方法とでは、その思考の質が根本的に異なります。このように、子どもを独自の論理を持つ主体的な学習者と見なし、その思考がどのように段階的に洗練されていくのかを体系的に示したことこそ、ピアジェが示した理論の重要な特徴と言えるでしょう。
感覚運動期(0~2歳頃)
人生の最初の発達段階である「感覚運動期」は、赤ちゃんがまだ言葉を持たない時期であり、五感(感覚)と身体の動き(運動)を直接的に結びつけることで世界を理解していきます。
この時期の赤ちゃんにとって、世界は「今、ここ」にあるものだけで構成されています。目の前にあるガラガラを掴んで振ってみたり、指をしゃぶってみたりと、身体的な行動を通して「これをすると、こうなる」という因果関係の初歩を学んでいくのです。
この段階の終わり頃に達成される非常に重要な発達課題が「対象の永続性」の獲得です。最初は、目の前からおもちゃが布で隠されると、それはもう存在しないものとして振る舞いますが、やがて布の向こうにおもちゃが存在し続けていることを理解できるようになります。「いないいないばあ」を心から喜ぶのは、この「見えなくなっても存在している」という世界の法則を発見し、確かめている喜びの現れなのです。
前操作期(2~7歳頃)
言葉やイメージといった、心の中で物事を表現する象徴機能が飛躍的に発達するのが「前操作期」です。
前操作期には、ままごと遊びで積み木をパンに見立てたり、絵を描いて自分の考えを表現したりするようになります。しかし、その思考はまだ大人のような論理性に欠け、非常に直観的であるという特徴があります。
この時期の思考の最も大きな特徴は「自己中心性」です。これはわがままという意味ではなく、他者の視点に立って物事を考えることがまだ難しい状態を指します。自分が楽しいことは相手も楽しいはずだ、自分が見ているものは相手にも同じように見えているはずだ、と素直に信じています。また、命のないものにも心があると感じる「アニミズム」的な思考もこの時期の特徴で、「お人形さんがかわいそう」といった感情移入が見られます。論理的な操作(オペレーション)ができるようになる前の段階として、ユニークで想像力豊かな世界に生きているのです。
具体的操作期(7~11歳頃)
小学校に入学する頃から始まるのが「具体的操作期」です。
この段階になると、子どもたちの思考は大きく飛躍し、目の前にある具体的な物事に関しては、論理的な思考ができるようになります。前操作期の特徴であった自己中心性から抜け出し、他者の視点を考慮に入れる「脱中心化」が進みます。
この時期の最も重要な達成の一つが「保存の概念」の獲得です。これは、同じ量のジュースを細長いコップに移し替えても、見た目に惑わされず、その量は変わらないと論理的に理解できる能力を指します。また、物を長さや重さの順に並べる「系列化」や、複数のカテゴリーを同時に考えて分類する能力も身につきます。ただし、彼らの論理的思考は、あくまでも現実に見たり触れたりできる具体的な対象に限られており、「もし~だったら」というような抽象的な仮説について考えることはまだ難しい段階です。
形式的操作期(11歳頃~)
思春期を迎える頃から、子どもの思考は最終段階である「形式的操作期」へと移行します。
この段階の最大の特徴は、目の前にない抽象的な事柄についても論理的に思考できる能力の獲得です。これまでの具体的な世界から解放され、「自由」「正義」「愛」といった形のない概念について考えたり、哲学的な問いに思いを巡らせたりすることができるようになります。
また、科学者のように仮説を立て、そこから導き出される結果を予測する「仮説演繹的思考」も可能になります。物事を多角的に捉え、考えうる全ての可能性を体系的に検討できるようになるため、より複雑な問題解決が可能となり、自己や社会に対する深い内省も始まります。この段階に至ることで、子どもの認知能力は質的に大人と同じレベルに達するとピアジェは考えました。
ピアジェのキーワード

ピアジェの認知発達理論を深く理解するためには、彼が提唱したいくつかの重要なキーワードを知る必要があります。これらの概念は、子どもがどのようにして知識を獲得し、その思考を発達させていくのか、そのメカニズムを説明するものです。
子どもは、単に知識を受け取るだけでなく、自分と世界との関わりの中で、能動的に知識の枠組みを構築し、変化させていきます。ここでは、そのプロセスを解き明かす3つの中心的なキーワードを見ていきましょう。
シェマ
「シェマ」とは、私たちが世界を認識し、解釈するための認知的な枠組みや知識のパターンのことです。
これは、いわば物事を理解するための「心のテンプレート」や「フィルター」のようなものと考えることができます。赤ちゃんが、手にしたものを何でも口に運んで確かめようとするのは、「吸う」という行動のシェマを通して世界を理解しているからです。
また、子どもが四本足の動物を見て「犬」と認識するのは、「四本足で毛が生えている動物は犬である」というシェマを持っているためです。
私たちは、成長の過程で無数のシェマを獲得し、それらを活用することで、目の前で起きている出来事を効率的に理解しているのです。
同化
「同化」とは、子どもが何か新しい物事に出会ったときに、自分がすでに持っているシェマにあてはめて理解しようとする認知的なプロセスを指します。
これは、既存の知識の枠組みを使って、未知の対象を自分なりに意味づける働きです。犬というシェマを持っている子どもが、初めて牧場で羊を見たときに、その姿が犬と似ていることから「白いわんわんだ!」と指さすのは、この同化の典型的な例です。
子どもは、羊という新しい情報を、自分がすでに持っている「犬」という理解のテンプレートに吸収しようと試みているのです。このように、同化は私たちが新しい経験を既存の知識と関連付け、自分の世界観を維持し、広げていくための基本的な働きと言えます。
調整
新しい経験が既存のシェマにうまく当てはまらない時、私たちの認知システムには不均衡が生じます。この不均衡を解消するために行われるのが「調整」というプロセスです。
「調整」とは、新しい情報に合わせて、自分が持っているシェマそのものを修正したり、あるいは全く新しいシェマを作り出したりすることを指します。先の例で言えば、「白いわんわんだ!」と言った子どもに、大人が「あれはメエメエ鳴く、ひつじだよ」と教えたとします。子どもは、「犬」というシェマだけではこの新しい動物を理解できないことに気づき、「犬とは違う、ひつじという動物がいるんだ」と学びます。そして、「犬」のシェマをより正確なものに修正し、「ひつじ」という新しいシェマを形成するのです。
この「同化」と「調整」の絶え間ない相互作用こそが、私たちの認知を発達させる原動力となっているのです。
まとめ
この記事では、ジャン・ピアジェが提唱した認知発達理論について、4つの発達段階と、その背景にある「シェマ」「同化」「調整」という重要なキーワードを解説してきました。
感覚と運動で世界を学ぶ乳児期から、目に見えない事柄まで思考できる形式的操作期に至るまで、子どもの知性が質的に変化しながら発達していくダイナミックな過程をご理解いただけたかと思います。
ピアジェの理論が私たちに与えてくれる最も大切な視点は、子どもを「未熟な大人」として見るのではなく、その時々の段階で独自の論理を駆使して世界を理解しようと奮闘する「小さな科学者」として尊重することです。この視点を持つことで、私たちは子どものユニークな言動の裏にある意味を深く理解し、その知的な探求心を温かく見守り、育んでいくことができるようになるでしょう。
| ピアジェ | スイスの心理学者 子どもを、身の回りの世界に積極的に働きかけ、試行錯誤しながら自分なりの法則を見つけ出していく、いわば「小さな科学者」として捉える |
| 認知発達理論の特徴 | 子どもは受動的に情報を詰め込まれる器ではなく、自ら環境に働きかけ、試行錯誤する中で、自分なりの世界の理解の仕方(認知構造)を積極的に作り変えていく存在 |
| 感覚運動期(0~2歳頃) | 赤ちゃんがまだ言葉を持たない時期であり、五感(感覚)と身体の動き(運動)を直接的に結びつけることで世界を理解していく 【発達課題:対象の永続性の獲得(例いないいないばぁ)】 |
| 前操作期(2歳~7歳頃) | ままごと遊びで積み木をパンに見立てたり、絵を描いて自分の考えを表現したりするようになるユニークな想像世界 【自己中心性:他者の立場に立って物事を捉えることはまだ難しい】 【アニミズム:命がないものにも心があると感じる】 |
| 具体的操作期(7歳~11歳頃) | 目の前にある具体的な物事に関しては、論理的な思考ができるようになる時期 【脱中心化:自己中心性から抜け出す】 【保存の概念:ジュースを他の形の違う容器に移し替えても量は変わらない】 【系統化:物を長さや重さの順に並べ替えることができる】 |
| 形式的操作期(11歳頃~) | 目の前にない抽象的な事柄についても論理的に思考できる能力の獲得 【仮説演繹的思考:物事を多角的に捉え、考えうる全ての可能性を体系的に検討できるようになるため、より複雑な問題解決が可能となり、自己や社会に対する深い内省も始まる】 |
| シェマ | 私たちが世界を認識し、解釈するための認知的な枠組みや知識のパターンのこと |
| 同化 | 子どもが何か新しい物事に出会ったときに、自分がすでに持っているシェマにあてはめて理解しようとする認知的なプロセス |
| 調整 | 新しい情報に合わせて、自分が持っているシェマそのものを修正したり、あるいは全く新しいシェマを作り出したりすること |





