社会福祉の知識

ケイパビリティアプローチの概要|アマルティア・センからみる経済と福祉

はじめに

本記事では、1998年にノーベル経済学賞を受賞されたアマルティア・センらによって提唱された「ケイパビリティアプローチ」について要点や概要をまとめていきます。

ケイパビリティアプローチは「人間の幸福」や「福祉的側面」から捉える経済学の概念になり、その領域は「厚生経済学」とも呼ばれております。※厚生とは「人々の暮らしや健康をよりよいものにすること」

社会福祉に関わる人たちにとっても欠かせない視点となりますので、よかったら最後までご覧ください。


アマルティア・センについて

アマルティア・センはインド出身の経済学者であり、1998年にノーベル経済学賞を受賞された経歴を持つ方になります。

インドの東部ベンガル地方出身のセンは、幼い頃から「ベンガル大飢饉」や「宗教対立の抗争」といった社会・経済の現状を目の当たりにしてきた経験から、飢饉や貧困をテーマに経済学の道を進みます。

センはインドのカルカッタ大学(セン含めノーベル賞を4人輩出)を卒業後、ケンブリッジ大学に進学し博士号まで取得されます。その後はロンドン大学やオックスフォード大学、ハーバード大学で教鞭をとられ、ノーベル経済学賞をはじめ数々の栄誉を受賞されております。

代表的な概念として「ケイパビリティ(潜在能力」があり、これは人が善い生活や人生をおくる上でどのような状態にありたいのかといった観点からの機能の集合を表しており、まさに現代でいう「Well-being」の概念とも捉えることができます。

1980~90年代頃を振り返ると、日本でも世界でも経済中心思考の発展がされておりました。その中で経済という数字だけでなく、貧しい人や弱い立場の人を重んじ、人々の健康や教育、さらには社会参加の視点を取り入れ経済学の発展に貢献されたのです。


ケイパビリティアプローチについて

ケイパビリティアプローチとは「人間の能力や可能性といった視点を中心に捉え、経済的側面のみならず、社会的や文化的な要素を含めて、人々の幸福や福祉を評価する方法」になります。

このケイパビリティアプローチの概念は、これまで「所得」や「資源の配分」などに焦点を当てていた経済学の視点に「人間の可能性」といった幸福や福祉の視点を取り入れその発展へと導きます。

所得をはじめとする単なる経済指標だけでは図ることができない個別具体的な人々の暮らしやそこにある困難をみようとする視点は、当時から数十年経った現代社会においてもますます重要になってきております。

いわば貧困や飢饉といった社会病理や福祉の世界を間近に経験したセンだからこそ、このような視点で経済をより捉えることができたのかもしれません。


※アメリカ初の女性ノーベル平和賞を受賞したジェーン・アダムスは貧しい人や恵まれない人たちにも「夢を持つように」と励ましたそうです。このように「その人がどう生きたいか?」「どんな暮らしを送りたいか?」「夢は何か?」という「その人を中心に捉える視点」は、時代を超えて大切であることに気づかせてくれるものだと筆者は感じております。


ケイパビリティの具体例について

「その人の可能性と機能の集合」に焦点を当てたケイパビリティの概念を少し具体的にみていきます。

具体例

・よい栄養状態であること

・健康であること

・教育を受けていること

・幸せであること

・自分に誇りを持てること

・社会生活に参加できること

上記一例のように幅広い概念となります。

例えば「〇〇に出かけたい」ということがあった場合のケイパビリティを考えてみましょう。

例)

例)移動できること

・交通手段を使える

歩くことができる

・車いすやサポートのもと移動できる

・場所や時間を把握することができる

などの機能の集合が考えられる

このように細分化してその人の環境や物事を捉えることは社会福祉の世界では基本的な視点ともいえます。

その他にも身近な具体例をあげると、最近では北海道で「エスコンフィールド」といったボールパークが展開されました。

ここではすべてキャッシュレス化されており、現金は使用できないため、逆に言えばキャッシュレス環境がない人(福祉サービスの利用者など)はこのケイパビリティ機能がないとも言えます。

また逆に近年話題となったロボットカフェのように、「orihime」といったロボットや環境があれば、身体的に寝たきりの方でも就労できるといったケイパビリティ機能があるということも言えます。

筆者が願うこれからの時代は「今まで日の目を浴びなかった人たちの社会参加が促進されることにより、社会がより明るくなること」です。そうなるためにもこのケイパビリティの視点は重要になってきます。


人間開発指数について

センのケイパビリティアプローチは、国際連合開発計画の人間開発指数の発展にも貢献されました。

人間開発指数は各国の発展度合いや貧困度合いを測るための指標で、物質や経済的な基準だけでなく、「教育」や「健康」、「生活」などの視点も取り入れることで「本質的な豊かさを示す指標」とされております。

人間開発指数の上位の国は、北欧やヨーロッパが中心で、日本やアメリカ、韓国は20位前後の位置に属しております。

現代はその他にもさまざまな指標が用いられておりますが、経済のみではないという視点を取り入れたものはこの人間開発指数が原点とも言えるのかもしれません。


社会福祉士国家試験問題より

センのケイパビリティアプローチは、社会福祉士の勉強した人にとって多くは耳にしたことのある内容となっております。

以下過去問の一例を紹介します。

第29回-22

セン(Sen,A)が提唱した「潜在能力(Capabilities)」に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。

1 潜在能力とは、個人の遺伝的素質のことをいう。

2 各人の資源の保有量が同じであれば、潜在能力は等しくなる。

3 困窮した生活を強いられていてもその人がその境遇に納得しているかどうかという心理的尺度が、最終的な潜在能力の評価の基準となる。

4 豊かな社会の中で貧しいことは、潜在能力の障害となる。

5 「恥をかかずに人前に出ることができる」といった社会的達成は、潜在能力の機能に含まれない。

潜在能力(ケイパビリティ)は、そのまま漢字の言葉の通り「個人の秘めた能力」という捉え方ではなく、いわば「機能の集合」になります。

よって同じ財があっても個人によって選択ができない場合もあることや、恥をかかずに人前に出るための要素として「その場に相応しい何か(身なり、言語、経歴)」が機能として含まれることもあります。

この選択肢での正解は「4豊かな社会の中で貧しいことは、潜在能力の障害となる」であり、「貧しいが故に、他の人ができる〇〇ができない」ということはケイパビリティがないことにも直結します。

このあたりの貧困と幸福については当HP記事のバイスティックの7原則にも記載してありますので、そちらも是非参考にしてみてください。


まとめ

このようにケイパビリティアプローチは、インド出身のアマルティア・センが幼少期に飢餓や貧困を間近に体験したことから、それらの社会病理をテーマに経済学の道を進む中で導きだした概念になります。

厚生経済学や近年SDGsでもみられるように、経済と福祉は相反するものではないということが改めて今回のテーマでも確認することができたのではないでしょうか?

社会福祉は職業として従事するのみならず、よく見渡すと日常生活に身近にあることや、ボランティアなどで実態を体験することもでき、私たちの価値観を広げてくれるものになります。

「社会福祉は一重にものの見方でもあり、人々の視点や生き方を変えてくれるもの」でもあります。

一人でも多くの人に社会福祉の視点や心が芽生えてくれることを願っております。

本記事をご覧いただきありがとうございました。

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