社会福祉の歴史

【貧困の再発見】タウンゼントの「相対的剥奪」とハリントンの「もう一つのアメリカ」

はじめに

本記事では、1960年頃にイギリスやアメリカで議論された「貧困の再発見」について要点やキーワードをまとめております。

「ゆりかごから墓場まで」といった福祉国家の形成を目指した「ベヴァリッジ報告」から10年あまり経過した頃、福祉国家にもかかわらず貧困状態が発見されたことが今回の「貧困の再発見」になります。

またこれまでブースやラウントリーが対象とした貧困を「絶対的貧困」とした時代から、「相対的貧困」という新しい貧困の概念が芽生えてくるなど貧困の概念における転換期ともなります。

今回の記事をご覧になるにあたって、これまでの社会福祉の歴史を辿ることで、より理解が深まります。

以下リンクのご紹介になります。



「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」

歴史を学んで何の役に立つのか?と疑問に思っている人もたくさんいるかもしれません。

ましてや試験に出ない内容を学ぶ必要性も国家試験のライセンスを目標とする人からすると不要に感じるかもしれません。

それでも、「福祉観」の形成のためにも、このような知識や価値観は、いざとなったときに皆さんの背中を押してくれます。

それでは以下ご覧ください。


貧困の再発見(アメリカ)

「貧困の再発見」はイギリスだけではなく、同時期に世界で最も豊かとされるアメリカでも議論のテーマに挙がり国民に衝撃を与えます。

第二次世界大戦後、欧米諸国は経済発展を積み重ね、まさに「ゆたかな社会」の実現に向かいます。

しかし、「ゆたかな社会」の”見えないところにある貧困”を指摘する人物が現れます。

その人物がジャーナリストの「マイケル・ハリントン」になります。

ハリントンは、アメリカ国民1億8千万人のうち、4000万人から6000万人が貧困状態であることを「我が国の5000万人の貧困者」という論文で述べます。

その後1962年に「もう一つのアメリカー合衆国の貧困」を執筆し、政府の報告で「%」や「数字」で隠れて表記されている程度でその実態は見えなかった、アメリカ国民約5分の2にあたる人々が貧困状態であるという衝撃的な事実を明らかにしたのです。

以下著書の目次と一部引用をご紹介します。

もう一つのアメリカ

〇目次

もう一つのアメリカ合衆国の貧困

一 見えない国

二 不合格者

三 豊かな牧場

四 黒人なら、引っ込んでいろ

五 三つの貧困

六 黄金の年代

七 ゆがめられた精神

八 古いスラムと新しいスラム

九 二つの国

追記 若干の定義

訳者あとがき

もう一つのアメリカ:合衆国の貧困 著者ハリントン 内田満・青山保訳 日本評論社出版 国立国会図書館デジタルコレクションより

引用P13より

福祉国家はとりわけ貧乏人には役立たなかった。

引用P18~19より

結局、現代の貧困の新しさを要約するならば、現代の貧困は、進歩に免疫になっている人びとであるといってよかろう。

しかし、事実はなおいっそう残酷である。

「もう一つのアメリカ」人は、アメリカの他の人びとにより高い生活水準をもたらした発明や機械の犠牲者なのである。

彼らは、その経済のなかではアベコベとなり、彼らにとって、生産性向上はしばしばより悪い仕事を意味し、農業の進歩は飢えとなる。

~中略

しかし、貧民は、もし理論を口にするのが好きだったら、まったく正反対のことを述べるであろう。

彼らはこういうに違いないー進歩は困窮である、と。

引用P248より

したがって、ここに福祉国家の基本的逆説がみられる、すなわち、福祉国家は、みじめな人びとのためにつくられたのではなく、すでに自活できる人びとのためにつくられたのであると。

貧民が、失業手当で楽しげに飲み食いしているという幻想が根強いかぎり、「もう一つのアメリカ」は、その依存を脅かされることなく存続するであろう。

事実はまったくその逆であることを理解しなくてはならない。

貧民が福祉国家からえているものは、アメリカの他のいかなる集団よりも少ないのである。


このように、世間がイメージするアメリカの裏には、「もう一つのアメリカ」という貧困層が存在すること、また彼らは「犠牲者」でもあり、「福祉国家は貧乏人には役立たないもの」という言葉もハリントンは述べております。

その後アメリカはケネディ大統領やその後のジョンソン大統領が「貧困戦争」を宣言し、貧困層に対する施策を本格的に展開するなど動きがでてきます。

社会福祉士国家試験より

アメリカでは、1960年代に、貧困層への対策として、食糧補助のためのフード・スタンプ制度や就学前教育としてのヘッド・スタート計画などが導入された。(第25回問題24-3)

以上がアメリカの「貧困の再発見」になります。

ジャーナリストが実態を明らかにし世間や国を動かしたように、「ソーシャルワーカー」と呼ばれる人は、日本でいう社会福祉士や精神保健福祉士といったライセンスを持つ人だけではありません。

歴史を遡ると、とりわけソーシャルアクションにはジャーナリストの存在も重要だったことが見受けられます。


貧困の再発見(イギリス)

イギリスでは、ラウントリーによる第1回目調査から約半世紀経過した1950年に、同じく「ラウントリーによる第3回調査」が行われました。

その調査結果では、「イギリスにおける貧困は解消された」ということが証明され、世間や政府の貧困への関心は弱まっていきます。

ブースとラウントリーの貧困調査について~社会福祉の発展過程を学ぶ - SOCIAL CONNECTION (socialconnection-wellbeing.com)


このような中、従来の貧困調査や概念に「新たな視点」を取り入れた人物が「ピーター・タウンゼント」になります。

1962年に「貧困の意味(The meaning of poverty)」で、貧困の相対性をはじめて主張し、公的扶助基準方式を用いて貧困率を算出しました。

またこの時にタウンゼントの代名詞でもある「相対的剥奪」という言葉も用いられました。

相対的剥奪

人々が社会で通常手に入れることのできる栄養、衣服、住宅、居住整備、就労、環境面や地理的な条件についての物的な標準にこと欠いていたり、一般に経験されているか享受されている雇用、職業、教育、レクリエーション、家族での活動、社会活動や社会関係に参加できない、ないしアクセスできない状態

第38回社会保障審議会生活保護基準部会 これまでの議論を踏まえた検討課題と論点の整理 令和3年4月27日 資料3-3 P30引用

公的扶助基準方式

・国民扶助基準の140%に家賃を加えたものを基準額

・基準額を下回る支出を「貧困」

・さらに扶助額以下の支出の世帯を「極貧」


〇ラウントリー調査:貧困世帯5.4%(人口比4.1%)

★タウンゼントの測定方法で再度算出(1954ー55年)

・極貧世帯2.1%(人口比1.2%)

・貧困世帯10.1%(人口比7.8%)

となり、この扶助基準140%を基準とする測定方法はその後の貧困研究に大きな影響を与えることとなる。

その後、タウンゼントは1965年にブライアン・エイベル・スミス教授と共に「貧困者(層)と極貧者(層)」を発表し、1960年の調査では前回と比べ「貧困世帯が10.1%→17.9%、極貧世帯が2.1%→4.7%」に増え、約6分の1の世帯が貧困世帯であることを明らかにしました。

これがイギリスの貧困の再発見になります。


絶対的貧困と相対的貧困

このように世界の貧困観は、これまでの「肉体や生命の維持」といった絶対的な基準のものから、「周囲と比較して劣っているかどうか」といった相対的なものへと時代は移り変わっていきます。

絶対的から相対的へ

★絶対的貧困

・肉体的や生命の維持に必要な生きる上での必要最低限の生活水準

・国や地域の生活レベルは関係なし


★相対的貧困

・周囲と比較して劣っていることや、周囲の人が通常できることができないこと

・時代や社会情勢に応じて変化していく

・絶対的貧困より可視化されにくい


★相対的貧困率

・世帯所得が全世帯の中央値の半分未満である人の比率で、日本は相対的貧困率が高く格差が大きい状態が続いている

このように貧困の概念は、「絶対的貧困から相対的貧困へ」という流れがあり、日本における生活保護の基準も相対的な基準に基づいて算出されるように変わっていきます。

※ただ新しく生まれてくる人たちや知らない人たちにとっては、貧困への認識のスタートは絶対的貧困の概念からはじまります。


国民扶助とスティグマ

「ゆりかごから墓場まで」と掲げられた福祉国家においても6分の1世帯が貧困世帯であることが明らかにされました。

タウンゼントは国民扶助(日本でいう生活保護)を受給しないものも多数存在していることを認識し、高齢者への調査を行いました。

国民扶助とスティグマ

★ベスナル・グリーン地区に住む高齢者203人名へのインタビュー調査

・46名が国民扶助基準以下で生活しているにもかかわらず受給申請をしていないことが判明

・資力調査を伴う国民扶助を受けることは、かつての救貧行政を知る高齢者にとって、屈辱的な地位を選ぶことになるというイメージが大きな理由

※かつての救貧行政については新救貧法の記事にまとめております。

このように国民扶助のもつイメージは、必要な人への給付を妨げる影響もありました。

そこで社会保障省による対策が行われ補足給付委員会が発足、やがて「国民扶助の名称は廃止され、補足給付」となっていきます。

補足給付

・国民扶助の名称は廃止され、「補足給付(Supplementary Benefits)」となる

・貧困老齢者へは「補足年金(Supplementary Pension)」

・その他貧困者へは「補足手当(Supplementary Allowance)」

このイギリスでの補足給付の導入は、スティグマの緩和や解消に向けて大きな影響を与えたとのことです。

日本でも「生活保護」という名称の見直しが議論されていますが、21世紀過ぎても未だ変更はありません。

ただ一つ言えることはイギリスでは半世紀以上も前にスティグマへの対策を行った事実があったということです。


相対的貧困の先駆者

相対的貧困という貧困観は、新しい概念として登場しますが、「周囲と比較して劣っている」ことに関してはそれ以前からも生活の中で当然発生していた現象になります。

相対的貧困の起源について遡ると、有名なアダム・スミスに辿り着くということで以下ご紹介します。

アダム・スミス

アダム・スミスの「諸国民の富」に次のような一節がある。


私が必需品というのは、ただ生活を維持するために必要不可欠な備品ばかりではなく、その国の習慣上、最下層の人々でさえ、それなしには信用のおける人として見苦しくなってしまうような、あらゆる商品をいう。

たとえば亜麻布のシャツは厳密に言えば生活必需品ではない。ギリシャ人やローマ人は、亜麻布などがまったくなくても、きわめて快適に生活していた。と私は思う。

ところが現代となると、ヨーロッパの大部分をつうじて、信用のおけるほどの日雇労働者なら、亜麻布のシャツを着ないで人前にでることを恥じるであろう。・・・・・・・イングランドでは慣習上革靴が生活必需品になってきている。どれほど貧乏な男女でも、信用のおける人なら、それをはかずに人前にでることを恥じるであろう。

(Smith[1950]邦訳第4分冊329項)


これは消費税について論じ、消費税をかけるべきではない必需品について述べている箇所である。「なぜ貧困理論でアダム・スミスが?」と唐突に思われるかもしれない。しかしこの記述にタウンゼントもセンも頻繁に立ち返っているのである。ー

アマルティア・セン/規範理論/政治経済学 山森亮著 出版者 山森亮P53 国立国会図書館デジタルコレクションより

このように「なぜ貧困理論でアダム・スミスが?」という表現にもあるのように、分野を超えても物事がつながっていることに気づくと、新しい発見や発想の広がりが生まれます。


社会福祉士国家試験

タウンゼントや相対的貧困について社会福祉士の国家試験でも取り上げられているのでご紹介します。

第30回問題28-2

タウンゼント(Townsend,P)は、相対的剥奪指標を用いて相対的貧困を分析した。


第27回問題22-3改

タウンゼント(Townsend,P)は、相対的剥奪の概念を精緻化することで、相対的貧困を論じた。

※問題ではタウンゼントの箇所をルイスと表し間違え選択肢として出題


第27回問題63-1

一人当たり可処分所得を低い順に並べ、中央値の半分に満たない人の割合を相対的貧困率という。


第34回問題26-3

エイベルースミス(Abel-smith,B)とタウンゼント(Townsend,P.)は、イギリスの貧困世帯が増加していることを1960年代に指摘し、それが貧困の再発見の契機となった。


このように国家試験で出題されるということは、翌年にテキストでその人物や概念が取り上げられ、受験者が学ぶきっかけにもなります。

そのため国家試験でどのようなものが出題されるかは次世代へのバトンを渡す意味でも重要になります。


日本版相対的剥奪感尺度

相対的貧困率については、「一人当たり可処分所得を低い順に並べ、中央値の半分にも満たない割合」のことを指しますが、その他にも「相対的剥奪に関する指標の開発」を試みている方もおります。

こちらインターネットで調べると日本版相対的剥奪感尺度というものが出てきたので以下リンクになります。

★日本版相対的剥奪感尺度

https://lab.sdm.keio.ac.jp/maenolab/J-PRDS5.htm

HPより引用

1)自分と同じような人がもっているものと、自分がもっているものと比べて考えてみると、私は恵まれていないと感じる。

2)自分と同じような人と比較すると、私は恵まれていると感じる。

3)自分と同じような人が、どれだけ豊かに過ごしているかわかったとき、私は苛立ちを感じる。

4)自分が持っているものと、自分と同じような人が持っているものと比べると私は自分が良い状態にあると思う。

5)自分と同じような人が持っているものと、自分が持っているものとを比べると、私は不満を感じる。

相対的剥奪については、「国民の貧困へのあきらめ指標」とも一部では呼ばれております。

経済学者のトマ・ピケティが「ビリオネアは雇用を生まない」と述べたように、これからの時代において格差はより広がるものだと懸念がされております。

格差社会を何とかするために私たち一人ひとりができることには、いったいどのようなものがあるでしょうか?

もしくはそのようなものは残念ながらそもそも存在しないのでしょうか?

私たちは互いに壁をつくるのではなく、大局を見据え社会的に結束し団結することが今まさに必要なのではないでしょうか?


まとめ

以上が「貧困の再発見」についてのまとめ記事になります。

このように第二次世界大戦後に欧米諸国は経済発展を遂げ、ましてや福祉国家への道を歩みましたが、結論として貧困の解消には至らず、「相対的貧困」という新たな貧困を発見することとなります。

歴史を振り返ること、すなわち「はじまりや起源、分岐点を知ること」はそこに秘められた価値を知ることにもつながります。

私たちは社会の裏側にある隠れた事柄について「無関心であってはいけない」ということがあります。

例え普段関わっている分野とは離れていても、この社会に関心を持つ人が一人でも増えてくれれば幸いです。

引き続きどうぞよろしくお願いします。


★参考文献

・「もう一つのアメリカー合衆国の貧困」 著者ハリントン 内田満・青山保訳 日本評論社出版 国立国会図書館デジタルコレクションより

・社会福祉のあゆみ 社会福祉思想の軌跡 金子光一著 有斐閣アルマ

・第38回社会保障審議会生活保護基準部会 これまでの議論を踏まえた検討課題と論点の整理 令和3年4月27日 資料3-3

・貧困の「再発見」 ピーター・タウンゼントの相対的剥奪概念に焦点を当てて 高橋由衣 早稲田大学社会科学総合研究 別冊2022年度学生論文集

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